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2014年6月22日日曜日

Susumu の日記 2014年  -251-



6月22日 日曜日 雨のち曇り

 走休日、その上、午前中は雨だった。午後3時ころから、イオンモールに本を買いに。


赤い花のマグノリア





カエデの実にはまだ雨が残って





どの花にも雨滴が残っていて綺麗だった










 帰路、ある家の門口の薔薇の寫眞を撮っていると、住人のご夫婦が姿を現したので、会話になった。薔薇の花の話をきっかけに、話しが弾んだ。
 ここに家をつくうて住みだしたのは昭和34、,あたりは田んぼと畑だらけだったという。いまの家は13年程前に建てなおしたのだそうだ。

 奥さんは昭和6年、浅草雷門の近くで生まれ、東京大空襲で焼け出されたのだという。 御主人は大正15年秩父の生まれで、ちょうど90歳。75歳まで洋家具職人だっだそうだ。洋箪笥とかテーブルとか飾り棚とかを作っていて、三越や高島屋の注文の家具をつくっていたのだそうだ。生物学御研究所の実験台を作ったそうだ。また、野球の野村の家の飾り戸棚を作ったそうで、野村の家ではご主人(野村監督)は口をほとんどきかなくて、奥さんばかりがしゃべってたとかいう話を聴いた。






 その後、合歓の花の写真を撮っていたら、犬の散歩のお婆さんが「ネムは綺麗ですね」と話しかけてきて、「私の故郷じゃよく咲いていた」というので、どこですかと聞いたら山形市内の農家だったという。ここには昭和45年に引っ越してきて、川でウシガエルが盛んにないていたとか、蕨の駅の踏切がなかなかあかなかったとか、話していた。御亭主は3年前に急死して、職業はキリーニング屋だったそうで、死んだのは可なりのショックだったけど、このごろやっと落ち着きたと言っていた。連れているいる雌犬モモコはご主人が保健所から貰ったか押しつけられたかしてきた犬で、13歳になるけど、大人しくて決して、ザブトンの上やお婆さんの布団の上なんかには乗ってこないんだそうだ。





 最後に、床屋の角の合歓の写真を撮ってたら、床屋の爺さんが出てきて話しかて来たので、床屋の隣の2,3年前に閉店した煎餅屋のことを訊ねたら、亡くなったんだそうだ。床屋の爺さんの年齢は73歳だという。おたがいに頑張りましょうって言って別れた。

 ということで、今日は3回も立ち話をしてしまった。






左官屋の塀には、これまで見た中で最もへたくそな鏝絵がついていた。






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