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2010年12月11日土曜日

新ジョッギング日記

12月11日 土曜日 快晴

六辻コース。


5時37分、金星が見えるので晴れているとわかる




中庭の水仙、花穂のさきが開きかかったのもある



6時16分、やっと東の空が明るくなった




用水沿いの家の木蓮





蝋梅は開いた花数が増えていた




わずかに残っていた花水木の紅葉




皇帝ダリアがまだ咲き残っていた





狂い咲きの海棠の花かずも増えていた




鳥海邸の庭の水仙も花穂が出ていた




鳥海邸の楓




マンホールと落ち葉




芝富士で咲いていた

2010年12月9日木曜日

新ジョッギング日記

12月9日 木曜日 晴れ

6時前に外に出たら、路面がかなり濡れていた。西川口コース。走りだした頃から空が晴れてきた。



蕨駅のわきに最近出来た高層ビルの下、市の施設クルル、悪趣味な名前である。




明けの明星、金星、いま日本の探査船が周回軌道に乗りそこねた。蕨第二中学付近で。




中学のメタセコイアの並木




東の空が明るくなってきた。




巨大な実の柑橘類、面白い形っをしている。南町の路地で




南町路地の柿




配水場通りの外れの家




中央公園欅の鴉の巣




帰りついた7時15分ころの東の空




今日の山茶花












新ジョッギング日記

12月8日 水曜日 雨のち快晴

早朝は雨で走らなかった。午後、六辻まで散歩。ニコンD300を持っていく。


良く晴れて見事な青空だが、風が強く寒い。




ピラカンサスの実も、冬の終には餌が乏しくなって、野鳥に食べ尽くされる




秋の青空には熟した柿の実が似合う




山茶花は赤




隙間から




文蔵の家紋瓦、土蔵についている




落花に落ち葉





楓一葉




見事に花がついていた




春に備える花水木




そして木蓮




最後の一葉




70年前の今日、小学校3年生の僕は小倉で日米開戦の日を迎えた。
当時の僕と軍国主義の戦争中の小倉の小学校とは相容れないところが多く、僕は不幸だった。でもその辛さが僕を強く逞しくしたのだと思う。



2010年12月7日火曜日

新ジョッギング日記

12月7日 火曜日 曇りのち晴れ

六辻コース。朝のうちはあまり寒くなかったがだんだん寒くなった。


6時ころの東の空、曇っているんで真っ暗である。




中庭のツワブキ




芝富士の商店街




こういう菊は寂しげなのがいい




北町で馥郁と馨っていた柊




よく見かける父子、辻児童公園で




水辺公園遊歩道の柳も黄葉し始めた




用水の水面には、花水木に代わって柳の落葉




用水の縁のニシキギが花より見事な赤に



なんと、蝋梅がもう咲き出した。葉がまだ緑なのに。辻小橋と大境橋の間の早咲きの木。




水面に向かって伸びる




蝋梅が早いと思ったら、まさかの海棠まで、こっっちは完全な狂い咲きだ





文蔵東橋の桜は1枚を残して、他は残らず葉を落としていた。




芝富士小学校の山茶花の生垣の中にあった八手の花




そして山茶花の蕾



昼間、リコーの銀座のサービスステーションに X3 の修理に行く。1時半に終わるというので、付近をふらふらしていたら、築地警察の前で報道陣が集まって、海岸方向にカメラを向けて待ち構えている。報道陣の一人に訊いてみたら、誰かは言わなかったが偉い人が逮捕されるんだそうだ。やがて、乗用車がやってきて警察署に入り、カメラがそこの集中したが、あまりにも速くて誰か不明のままだった。