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2011年10月29日土曜日

Susumu の日記 2011年 -279-

10月29日 土曜日 快晴

快晴だが、風がないので地平線にはスモッグが停滞していて、富士山は全く見えなかった。


5時14分、ほんのかすかに東の地平が赤みを帯びていた、明るい光の列は京浜東北線南行の一番電車だろうか




中庭の山茶花、花がかなり開いた





ドウダンツツジの生垣、このあたりには美しい生垣がいくつもある。市が保護をしていることもあるのだろうが、いい意味で競っているのかも




野葡萄の実




何の実だろうか




モッコクの実




ジョロウグモ、腹部の模様を見るとなんとなく、その名の由来が分かる気がする




薔薇は赤いのがいい、デジカメで赤い薔薇を撮るとき、露出を自動の標準にすると、花弁に部分的な白トビが生じることがある。まtら色が派手になりすぎることもある。    そこで、露出補正を使って、-0.7 くらいにして撮るとよい結果になる



蔓の実




西中学のミレニアム記念樹



今日の写真のスライドショーはここをクリック





2011年10月28日金曜日

Susumu の日記 2011年 -278-

10月28日 金曜日 晴れ

鬼沢橋・要害通りコース、晴れているので寒い。最後まで手が冷たかった。


5時55分、見事に晴れ上がっている




奇麗なコムラサキ




ツワブキの花も咲きだした、葉が斑入りのもの




蕎麦屋種新の入り口に飾ってあったサボテンの花


自影像




三人姉妹、いや三つ子かな



奇麗なホトトギス



見事な薔薇



いかにも薔薇らしい薔薇




黄菊




競い咲き




中庭のホトトギス、何時咲くのかな?



今日の写真のスライドショーはここをクリックして見てください





2011年10月27日木曜日

Susumu の日記 2011年 -277-

10月27日 木曜日 晴れ

久しぶりのジョッギング、六辻コース。


準備に手間取って6時少し前に家を出た




4日見なかった間に中庭の山茶花が咲き始めていた。子供の頃に住んでいた付近ではどこの家も生垣に囲まれていて、山茶花の生垣もあったと思う。九州に引っ越したら、長屋は別として、どこの家もレンガ塀か板塀に囲まれていた。なんとなく殺伐とした雰囲気で嫌だった。しかしそのうちにそれにも慣れて、レンガ塀によじ登って、その上を歩いたり、怖いのを我慢して上から飛び降りたりしたものだった。しかし、東京に帰る途中、静岡県付近から生垣が無駄津ようになるのが嬉しかった。長徳寺の入り口にある家の山茶花の生垣は見事で、毎年咲くのが楽しみである。




団地のグランドの縁のクスの葉が一枚真っ赤になっていた。クスの葉は一番葉柄の本に近い1ッ対の葉脈が、他のものより太くよく発達しているのが特徴であり、葉を揉むと樟脳の臭いがするのですぐに分かる。九州には多いが、都内にも結構生えていて、皇居東御苑にはかなりの大木が何本もある。常緑樹なので、葉が1枚1枚バラバラに時をたがえて一年中紅葉し、落葉する。



線路沿いの家の赤い菊




花水木の落果、かって日本がアメリカに桜を贈った事があったが、その返礼にhanamizukiがアメリカから贈られてきたのが日本のハナミズキの到来だったと聞いた事がある。ハナミズキはDogwood というが、敗戦直後にアメリカからは行ってきた漫画に「ブロンディー」というのがあったが、ブロンディーのご亭主が「ダグウッド」だった。多分、Dogwood と書いたのだろう。




神明社の裏にはドングリ




いつの間にか大輪の菊も咲き始めていた




4日見ぬまのなんとかやらで、中庭のホトトギスに蕾が




今日の写真のスライドショーはここをクリックすると見られます




Susumu の日記 2011年 -276-

10月26日 水曜日 晴れ

大原ー北京と飛んで、4時間半ほどおいて北京から成田へ、8時10分に成田着


大原のホテルは上の下か、中の上といった所。 それでも朝食は中国食品がいろいろあって面白かった






この日の僕の朝食、宴会続きだったので軽めにしておいた




8時頃のホテル前の交差点、10年前には路面を自転車が埋めつくしていたが、今はどこに行っても自転車はちらほら、自動二輪はかなりの数あるが、自動車が一番多いのが今の中国の都市


空港の男性用トイレ、日本語でも「お手洗い」というのはここから来てるのかもしれない。ほかに「厠所」とか「衛生間」とかいうのも見かける。日本語では「厠」を「かわや」と読むが、これは南アジアでは便所を川の上に作る風習があるので、南方から日本人はやっていたので、かわや=川屋 なのだというのを何かで読んだことがあった。中国には「便所」という語はないみたい。




大原から北京に向かうChina Airline の機体、中も奇麗だったし、席と席の間も比較的余裕があったし、乗務員も美人だった



北京空港で




無事に成田に着き、10時頃に帰宅



Susumuの日記 2011年 -275-

10月25日 火曜日 晴れ

昨夜のうちに、安徽省の合肥から、山西省の大原まで飛び、今日は1日かけて、100km以上離れた山西省の世界遺産平遥古城を訪れた。夕方まで400元という約束で、ホテル前にいた闇タクシーを雇って行った。4800円くらいなので、4人で行けば一人1200円で安いものになる。




6時半頃のホテルの前の交差点、大原がかなり大きな都市だと分かる



平遥に向かう途中で道端で農民が売っている葡萄と瓜を買った




見事な瓜でかなり美味しかった




売っている親父さんがナイフで切ってくれた、すると蜂がやってきて飛び回っていた




前を行くオート三輪の上のネギとオバアサンと孫




平遥古城の北門




城壁に上がる階段




北門の城壁の上から東を望む、
中央の塔はそこにある刑務所の監視塔




城壁の下のお店





昔風商店街



城壁の北西隅櫓




これは結婚式の飾りだそうで、横幕に「偕老」と書いてある




城壁の下で大豆の豆柄を乾かしている人がいた




これはお葬式だとのこと、左の船見たいな形のものの中に棺おけが入っているという




西門の上から北門から西に伸びる城壁と市内を見たところ




市内の最も屋根が美しい西門前の地域




西門から東に延びる道路




古い家の入り口




元の時代の民家という、オバサンに10元払って入らせてもらい、64歳だというオバアサンに建物の中を案内して貰った




これが640年前の建物だとか



中を案内してくれたオバアサン、家の裏で




中庭を囲む建物群




これもこのあたりで見かける様式の家の入り口、正面にタイル絵が立っていて、中が見えない




家の門内から通りの織物を売ってるところを見る




これは昔の質屋




一番にぎやかな商店街





織物屋で、若いお姉さんが織物のデモをやっていた




喫茶店だろうか




屋敷稲荷ならぬ、屋敷内の祠、右に練炭が積んである。山西省は良質の石炭の産地なのであちこちの家に石炭や練炭が積んであった



北門から西門、東門と廻って、城壁沿いに西門から北門の近くにもどったところ、正面は北門の楼閣




ということで、一日かけた平遥古城訪問は終わった