このブログを検索

2011年12月18日日曜日

Susumuの日記 2011年 -327-

12月17日 土曜日 快晴

今日もよく晴れていたが、朝はかなり寒い上に寝坊して走らなかった。
夕方は恵比寿で忘年会があったが、その前に歩いた散歩代わりに新宿御苑での写真。銀杏が見事だった。


この一枚だけは中庭で撮った写真、まだスイセンは開花しない
じらすのがうまいようだ





新宿御苑、新宿門の脇の巨大な銀杏




門前の落葉




園内に入ると




カエデも




黄色にかすかに紅が混じる




紅葉したカエデと、満開のスイセンの一種、ペーパーホワイト





何の葉?




メタセコイアの巨木




これは巨大なユリノキ




池のほとりで




越前海岸近くに、人もうらやむほど仲の良い兄弟が住んでいた。
ある日、木曾谷を出発した木曾義仲の平家追討軍が、ここを通りかかった。
それを見た兄は、「自分もあの追討軍に加わって、手柄をあげたい」と思い、
弟に見送られて出掛けて行った。
年が明けてしばらくすると、負傷して疲れきった兄が吹雪の中をついて
戻ってきた。出迎えたのは、行き倒れになっていたのを弟が助けたという
美しい娘と弟だった。娘は、弟にまめまめしく仕えるとともに、負傷した兄
をもいたわり介護した。しかし、そんな甲斐甲斐しい娘を見て、仲がよかった
兄弟の間に亀裂が生じはじめていた。やさしい娘は小さい胸を痛めて悩み
続け、「私さえいなくなれば、また元通りの仲の良い兄弟にもどれるのでは」
と思い、断崖から海へ身を投げた。
浜辺に香り高い清楚な白いスイセンの花が流れついたのは、それから数日後
のことであった。人々は、身を投げた娘の化身に違
…という話がある

という話を友人から教えられた。

それで思い出した。

まだ23-4歳の頃である。同級生のN君と東北を旅した。アルバイトで貯めた僅かなお金での旅だったので、何人かの方々のお世話になった。弘前ではK先生のご親戚のNさんのお宅に泊めて頂いた。そこの美しいお嬢さんのJ子ちゃんが僕らを案内してくださって市内を廻った。
その翌日であった。このところ、ずっと仲良く旅していたN君がどうも、この1日2日はいちいち気に障るのである。恐る恐る彼にそういうと、彼も僕が急にいちいち気に触るようになったという。互いに考えた結論、それは「N子ちゃんが原因だ」ということだった。そこで、僕らはこの際、大切な二人の友情のために同時にN子ちゃんから手を引こうということになった。大きな声で、「イチ、ニ、サン、手を引いた」といった。
こうして男の友情を大切にした若い男二人は、また仲良く東北の旅を続けたのであった。今思うに、二人ともただ単に、N子ちゃんに言い寄る勇気がなかっただけのことだったのだろう。




スライドショーを見るにはここをクリックしてください






0 件のコメント: