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2011年10月30日日曜日

Susumu の日記 2011年 -280-

10月30日 日曜日 晴れ

今日は日曜日なので、走らなかった。久しぶりの公式走休日だった。そのかわりに昨日撮った写真です。



リュウキュウスズメウリというウリ科植物の花です




これが実です、直径1-2cmくらいのが2-4個がまとまってなっています、西瓜の小さいのみたいですね




熟すとこのように真っ赤になるんだそうです




これは夜通り抜けた東京フォーラムの建物です。有楽町駅のところから中央の吹き抜けを入っていくと右手にある巨大なガラス壁の建物(ガラス棟)の天井です。アメリカで仕事をしているウルガイ人の建築家、ラファエル・ヴィニョリ (Rafael Vinoly) の設計の雄大な建物です。大きな船の竜骨を思わせる構築です。
外堀通りを数寄屋橋交差点から東京駅八重洲口に向かって行くと、左側遠方にこの建築の外形が割とよく見えるところがあります。




ガラス棟の内部から向かいのホール棟の方を眺めた写真です。ガラス棟とホール棟の間の吹き抜けには欅の大きな樹が植えてあります。 お昼にはこの吹き抜けにお昼の食べ物を売る車が何台か入ってきて賑わいます



吹き抜けを通って行く人たちです 僕は歩くのが好きなので、銀座や有楽町界隈に来ると、帰りはここを通り抜けて、復元なった三菱1号館あたりで、丸の内仲通に入り、丸ビルの中を抜けて東京駅に出て、電車で帰途に着きます。




ホール棟のレストラン




レストランのカウンター席とカウンター内




ガラス棟の東京駅よりにある大田道灌の銅像、昔、ここに東京都庁が出来たときに作られたものだと思います。僕が学生時代にここに東京都庁の新しい建物が出来たのです。それがいつの間にか姿を消して、新宿に移ったのです。
日本では洋風建築の寿命が欧米に比べて極端に短いと思います。東京都立大学も僕の学生時代に東横線の沿線から深沢に新しい校舎を建てて移転しました。それが何時のことでしたでしょうか、あっという間に老朽化して今度は八王子の南大沢の大きなキャンパスに移転し、今では名前も首都大学東京と変えました。

数年前、僕が約50年前に働いていたニューヨークのコロンビア大学に行って見ました。主な建物も、僕のいた建物もほとんど当時のままの姿で、奇麗な姿で残っていました。僕のいた部屋の窓を開けて外をのぞいたら、リバーサイド・チャーチが当時の姿のままたっていました。
僕が住んでいたアパートの建物も、50年前とあまり変わらないでちゃんと残っていて、いまでもアパートとして使われていました。
ヨーロッパ諸国については言うまでもないと思います。

都庁も都立大学もしっかりした木造建築よりも寿命が短かったのではないでしょうか。




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