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2010年6月14日月曜日

病床五尺 自殺


 子規の仰臥漫録のなかの、没前約11ヶ月の1901年10月13日の日記に、肉体的、精神的の苦悩のあまり自殺を試みかけたときの記述があった。
 午後2時ころ、妹の律(離婚して家に戻っていた)が風呂に行って、母親だけがだまって枕元に座っていた。彼は急に頭が混乱状態になって、「さあたまらん、たまらん」「どうしようどうしよう」と叫び始める。母親は「どうしようもないよ」といって黙って座っているだけであった。彼は苦しさを紛らわせるために誰かに電話しようと思うが電話するあてもないので、弟子に「すぐこいねぎし」と電報を打つことを思い付く。 そこで母親を電報を打ちに外出させ、そのすきに枕元にあった小刀か千枚通しで自ら心臓を刺して自殺しようと思う。しかし、痛いだろうか、死ねるだろうか、死にそこなうと今より苦しむのではなかろうか、などと煩悶しているうちに母親が帰ってきてしまい、実行にはいたらなかったというようなことが書いてあった。
 そのときの小刀と千枚通しのスケッチが図版になっていた。かれは重症の肺結核にかかっていて、痛みをモルヒネで押さえている状況だった。モルヒネで苦痛が治まると、寝たまま筆で執筆したり、絵を描いたりしていたという。

 僕の場合は、徐々にではあるが痛みも減って、回復に向かっているのが分かっているので、遠からず、退院できると思われる。さらにこの病院で看護にあたっている人たちは明朗快活で、かつ親切である。それなので、何も悩むことはなく、毎日を明るく感謝に満ちて暮らせている。しかし、心の奥底のどこかに、もしも治らなかったり、もっと長期になったりしたらという不安が潜んでいる。それで子規のこの文に惹かれたのかと思う。


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