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2010年6月11日金曜日

病床五尺 その27 補遺 「ワープロ専用機とパソコン」

6月10日の日記について高村さんからメールをいただき、それに返事を差し上げました。
その一部を下に書きました。


 昨夜、高村さんから戴いたメールの一部と、僕の返事。
 
ところで、先生の本日メールで、ワープロのことが書かれていましたが、大変懐かしく読みました。小生も現役の頃、東芝のワープロ専用機を会社で使用していました。
当時は、データ処理ではなく文書作成業務が多かったからです。
パソコンについては、それ以前から中央研究所勤務時代に米国コモドール社(現在は無くなっていますが)のホビータイプのパソコンを使い始めていました。これは、研究所で
これからのパソコン普及を想定して予備勉強の方針で、各部署に支給されました。もちろん、パソコンとは言いながらも、機能は現在とは月とスッポンですが、只、通信機能が付いていたことは驚きでした。その後、日本でもNEC社からPC7000PC8100,PC9800と急速な進歩で、当時パソコンと言えば、NEC社の9800が日本をリードしていました・・・・・と先生のメールから懐かしく思い出しました。結論は、先生のメール通りパソコンの方が
先で、ワープロは専用機として一時、大変普及しました。
小生、管理組合の理事長時代に管理組合の業務に初めて、ワープロ専用機を導入したこと
を思い出しました。この時代の業務ファイルには、ワープロ作成の資料があります。
なぜ、ワープロ専用機なのか?それは、当時のパソコンよりは数段に文書作成機能が優れていたからでした。ワープロ専用機ですから当然ですが・・・・・
                             =高村=

高村さん

 竹内さんからトラブルについてちょっとお話を伺ってはいて、心配していたのですが、
事情が分かってほっとしました。データは助かって、不幸中の幸いでしたね。

 ハードディスクは壊れるものと、覚悟しておいた方がいいです。竹内さんはこまめに
バックアップをとっておいでのようですね。感心します。

 フリーソフト、小生の持っているものでしたrら、退院次第、差し上げますよ。

 パソコンとワープロの歴史、お読みいただけて嬉しいです。僕自身、つぶさに体験して
来たことなのですが、忘れているので、調べてみて、心覚えのためもあって、書いたので
すが、コモドールなんて懐かしい機械をお使いだったんですね。
 OSについても、CP/Mとか、DOSとか、訳がわからずに使っていました。懐かしい
思い出です。

 ワープロ専用機は遂に姿を消しましたね。残念がっている人も多いみたいなのに。

 現代は、白亜紀に例えると、大型計算機が巨大恐竜、パソコンが中型、小型恐竜、携帯
が恐竜の蔭に隠れてひそかに将来の発展を準備してる哺乳類だったりして、などと思って
おます。

 いいメールを有難うございました。

石居

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